Author Profile  ノンフィクションライター 廣川まさき


越中おわら風の盆で知られる、富山県八尾町出身。立山連峰のきれいな水と、三味線と胡弓の音色を聞きながら育つ。高校生の頃、国境なき医師団の看護師になる夢を持ちながらも、運命のいたずらで、岐阜の田舎の女子大学に行くことに。そこから人生は紆余曲折。ぶっ飛んでいく。

私の人生の記憶があるのは、ここから。

1999年 
カナダに渡り牧場修行をはじめる。馬・牛・羊・豚・鶏・ターキーなどの世話。

2000年 
カナダにて牧場修行。カウボーイの元に弟子入り。

2001年 
バンクーバー競馬場の厩務員として競走馬の世話をする。

2002年 
911により、北米滞在が困難となり、ニュージーランドに場所を変え、牧場修行続行。

2003年 インディアンの土地のなかに築かれた捕鯨エスキモーの村、ビーバー村の歴史を探訪するため、カナダ・アラスカを流れるユーコン川を約1500キロ単独でカヌーで下る。

2004年『ウーマンアローン』にて、集英社四賞の一つ、開高健ノンフィクション賞を受賞。北米取材滞在。

2005年 帆船に興味をもち、航海術を学ぶ。海洋子供キャンプなど精力的に活動。集英社ウエブマガジンS-womanネットにて連載。北米取材滞在。

2006年 
アラスカ、デナリ山西側、ミンチュミナにて厳冬アラスカの冬を越す。かつて罠師たちの冬の道だったトレイルを犬ぞりで旅する。夏は、ヨットクルーとしてカナダ西海岸を航海。カナダ西海岸先住民と触れ合う。

2007年 
シアトルからインサイドパッセージを通り、アラスカへ入り、再び独りカヌーを浮かべ、大河ユーコン川を下る。著書『ウーマンアローン』のなかで約束した、自作絵本を届ける。その後、唯一伝統を残す捕鯨エスキモーの村ティキヤック村と、ビーバー村建設の中心人物、安田恭輔の原点である北米最北端のエスキモーの村、バローに滞在。エスキモーの村の問題や課題に触れる。

2008年 
再びベーリング海に面した伝統捕鯨エスキモーの村、ティキヤック村に滞在。捕鯨や鯨の祭りを手伝う。村の問題、課題に触れる。

2009年 
クルーとして地中海(エーゲ海、マルマラ海、アドレア海)の島々を巡る。その後、クロアチアに滞在後、90年代の内戦により酷い犠牲を出し分裂した、旧ユーゴスラビアの国々を訪ねる。クロアチアの農業にも触れる。

2010年 
第二作目『私の名はナルヴァルック』を出版。その後、中国各所の民族の暮らしを見てまわる。北米取材&滞在。

2011年 ナショナルジオグラフィック・ジャパンウエブサイトにて週刊連載『今日も牧場にすったもんだの風が吹く』スタート。再びアラスカ北極圏を訪ね、アラスカ先住民と触れ合う。野生動物写真家、星野道夫氏のアラスカの母と呼ばれる女性の看護のため、執筆中の原稿をバッグに詰めてアラスカに飛ぶ。看護・死を看取り、その後北極圏プルドーベイ取材に出る。
アフリカ・ケニアのスラム街、貧しい村、孤児院を訪ねる。アラブ首長国連邦ドバイ、アブダビを取材滞在。

2012年 ナショナルジオグラフィック・ジャパンウエブサイトにて週刊連載『今日も牧場にすったもんだの風が吹く』北米取材旅行&滞在&執筆。

2013年 
ナショナルジオグラフィック・ジャパンウエブサイトにて週刊連載『アイスブルーの瞳』スタート。カナダ西海岸の歴史と伝統文化に触れるために、バンクーバーからアラスカに向けて、帆船にて旅をする。アメリカンコッカ―スパニエルのルカを、旅の相棒にする。幻のゴーストベアと呼ばれる白い黒熊の、環境破壊における現状を見るために、ロイヤルプリンセス島に調査目的で上陸。現在の氷河の状態を見るために、カヤックにて氷河沿岸をいく。

2014年 ナショナルジオグラフィック・ジャパンウエブサイトにて週刊連載『アイスブルーの瞳』。再び、カナダ西海岸の歴史と伝統文化に触れるために、帆船にて、東南アラスカ沿岸を旅をする。アラスカ側の現在の氷河の状態を見るために、カヤックにて氷河沿岸をいく。

2015年 の『ビッグショット・オーロラ』のための取材のため、極寒のアラスカを滞在。地球物理学者を取材しながらオーロラの写真を納める。その後も北米取材旅に出掛け、アメリカにて執筆。

2016年 オーロラ科学界における偉人的科学者の背中を追い、自らも極寒の夜に立ち、夜空のオーロラの姿を追った著『ビッグショット・オーロラ』が、小学館ノンフィクション大賞、最終選考に選ばれる。

2017年 北米取材&滞在。アリゾナにて原稿校正作業をし、その著書『ビッグショット・オーロラ』が、小学館より刊行。


現在も世界各国を精力的に取材中。
その土地に生きる人々の声に耳を傾け、その地の問題や課題に触れ、人々と共に喜び、悲しみ。そのかけがえのない学びと経験を、多くの人たちと分かち合うために、執筆を続ける。




1999年それまで普通の人生を送って
いた私は、新しい21世紀の訪れを前に、
カナダに渡り、農業を学ぶ。動物達の生と死に直面することとなる。➡


2001年牧場の若馬を連れて、バンク
ーバー競馬場にて、厩務員として働く。





カナダの田舎道で、北米高速バス、グレイハウンドバスに後ろから追突され、救急車で運ばれる。その後病院前にて、救急車から下ろされる際、救急隊員が私の乗る担架を落とし、頭部強打という二次災害に見舞われる。その後、養生のため帰国。

アメリカ同時多発テロ、911により、カナダを一旦離れ、ニュージ―ランドへ。







2頭の子馬の世話を任され、人に慣れさるためのスクーリングをする。しかし、突然の悪夢。突走激突事故が起こり、子馬は、安楽死させなければならないほど重症を負そして、自らの腕のなかで、子馬の死届ける。つらい出来事でした。



2003年、カナダの牧場に戻り、その後、感銘を受けた本の主人公フランク安田の歴史を追って、ユーコン川へ。1500キロの行程を一人、カヌーを漕ぐ。





2004年夏風に翻弄されるカヌーでの苦い経験から、『風』に興味を持ち、カナダにて、帆張り船の操船の勉強をはじめる。



2006年、初春 山を三つ越えて、歩いて
7時間かかるアラスカの山奥の露天風呂を
目指していると、極寒の森の中で、骨折し
て倒れている男性を発見。自分の荷物をそ
の場に置いて、救助のため、友人三人と、
骨折者をソリに乗せて、引っ張りながら山を登ることに。マイナス30度のアラスカの冬の森のなかの救助劇は、後にアラスカに掲載されました。



アラスカの仙人、オリバー爺さんと出会い、さまざまなアラスカの知恵と技術を教わる。彼はイタリア上空での空中戦で撃墜されるが、生き残り、その後、終戦を向かえ、森の中で生きる。老いて弱々しい彼の、手足となりながら、近くのキャビンで暮らす。



ユーコン川流域の村、フォートユーコンの
家、ヴェルマ・ウォーレスと出会い、共にアスカの現状と未来を話し合い。親交を深める。




2008年再び捕鯨村を訪れ、捕鯨民た
ちと共に暮らす。村人たちと共にクジラが
獲れることを祈り、クジラの解体を手伝、共に食し、そして、感謝の踊りを踊る。




以後、カウボーイ夫妻から、ウエスタン式の
馬の乗り方を習う。羊や牛追いのため。




馬と一緒に小さな馬房で暮らし。馬と寝
を共にする。





2002年ニュージランド、競走馬の生産
・育成・調教を一手に手がける調教師一家
の牧場に移動。子供たちと姉妹喧嘩をしな
がら、毎日、馬の世話に明け暮れる。



さらなる、大事件が起き、この年の子馬を緊急入院させることに。乳が飲めない子馬を抱きかかえながら、トラックで搬送。






1500キロを漕ぎ、ビーバー村に到着。土
に眠るフランクさんと乾杯し、無事帰国。









2004年、2005年の夏、子供に、自然
の大切さ、人と人との助け合いの大切さを
教えるシーンシップ教育に賛同し、子供た
ちの航海キャンププロジェクトに、記録カメ
ラマンとして参加協力。以後も続ける。



2006年、マッキンリー山の麓、ミンチュミ
ナにて、犬ぞりを始める。師でありパートナーとなったのは、ユーコンクエストの最年少完走者として名高いトーニャ・シュレットナー。レーではなく、旅としての犬ぞりの楽しさを伝えるために、障害を抱え、処分されるはずだった犬たちと、無理のない犬ぞりの旅をする。




2007年、シアトルよりアラスカに向けて、
島々が点在する沿岸部、インサイドパッセー
ジを抜ける。途中、観光のために作られたも
のではないトーテムポールの保存状態を見る
べく、下船。並びに、氷河の様子をチェック。




北米最北端の捕鯨村、
ランク安田が最初に
たどり着き、
エスキモーたちと共に生きる決
心をした村を
訪ね
る。フランク安田と共に歩き、ビーバー村を建設後、再び故郷へと帰ってい
った家族と過ごし、家族のように親しくなる。


2009年ギリシャ・ショック前のギリシャをヨットにて、クルーをしながら、エーゲ海、マルマラ海、アドレア海の島々を巡る。ヨーロッパ文化とアジアの文化がぶつかる境を取材。

その後、クロアチア、内戦の傷跡の残る世界遺産の真ん中に暮らす一家と過ごし、家族のように親くなり、毎晩、自家製ワインを飲みながら語り合う。内戦について考える

自給自足型ファームで、さまざまなことを学
び、おちゃめに、楽しく暮らす。




世話をしている馬たちが勝利を飾る。怪我せず、レーストラックから戻ってくることを、切に願いながらも、悲しい現実にも直面。(馬たちの栄冠はこちら



牧場の馬たちが、次々と勝利を飾り、同世
代のよき友人たちを得て、楽しく暮らす。





退院後のか弱い子馬の世話をし、体力の回復を見届け、カナダの牧場に戻る。






2004年秋ユーコン川の旅の日々を書
き下ろした『ウーマンアローン』集英社が、
開高健ノンフィクション賞を受賞。(左)
作家、大沢在昌さん、桐野夏生さんと壇上
を同じくさせていただき、大変幸せ。




205年秋、車にて二度目のアラスカ北上。
カムループス~バンクーバー~ウィスラーの山越えをして、アラスカへ。キャンプをしながら、途中、熊の出る野外の露天風呂に入り、紅葉の季節をひた走る。



トレイルを開くために、スノーモービルでの山越えに出かけ、スノーモービルが深雪でスック。オオカミのいるアラスカの森のなかで、極寒、マイナス40度の野営、野宿をすることに。無事生還。







2007年ビーバー村に絵本を届けるという
約束を果たすため、再び一人、ユーコン川へ。再会と、新たな出会いと人情に、感動しなが無事、ビーバー村へ。その後、パイプラインまで下る。





アメリカ原子力委員会の核実験プロジェクト
により消滅していたかもしれない捕鯨エスキ
モーの村を訪ねる。そこで、多くの出会いをし、家族のように親しくなる。





2010年、中国少数民族に興味をもち、
を続ける。現在、日本にて、ノンフィクション
ライターとして執筆、創作活動を続ける。

2010年、8月26日、
『私の名はナルヴァルック』を集英社にて
刊行致しました。どうぞ、拙著共々、よろ
しくお願いいたします。

2011年
2012年
2013年~近々、続きをアップいたします。