Profile  ノンフィクション作家 廣川まさき



Born
(生まれ落ちた場所)
  富山市、『越中八尾おわら風の盆』で有名な八尾町出身  

Awards(賞など)
  集英社 開高健ノンフィクション賞受賞(2004)
  小学館ノンフィクション大賞最終候補(2016)
  第7回梅棹忠夫・山と探険文学賞最終候補(2018

Volunteering(ボランティア)
  ケニア子供支援LFP代表
  アメリカ児童保護施設MGV・折り紙アートセラピーボランティア

Fav Activities(お気に入り活動)
  空手道 / 居合道 / ヨット / カヌーリバーツーリング / シーカヤック / ウエスタン乗馬&厩務 / 犬橇
ベランダガーデニング / 焚火宴会(世界を旅する若者たちを全力応援する雑魚飲み隊、たいちょう)

Belief(信じていること)
  毎日ニコニコ。笑顔が伝染して、みんなが笑顔になれますように。





Biography(人生の略歴&取材歴)


1999年 一念発起! カナダに渡り牧場修行決行。馬・牛・羊・豚・鶏・ターキーと戯れる。(同僚は牧羊犬三匹)

2000年 カウボーイのおっちゃんに弟子入り。トレイルライドをみっちり修行。

2001年 バンクーバー競馬場にて住み込み厩務員をはじめる。早朝4時より調教の手伝い。競走馬8頭の世話。馬と一緒に馬房に寝る毎日。

2002年 アメリカ同時多発テロ911のテロリストがカナダから入国していたことを受け、滞在が困難になり「私はテロリストじゃないぞ!」と言いながらカナダを去りニュージーランドに場所を移す。競走馬の生産育成牧場にて仔馬の世話。(同僚は三匹のダメ牧羊犬)

2003年 約100年前の日本人によって建てられたビーバー村を探すため、アラスカの大河ユーコン川約1500キロを単独カヌーで下る。

2004年 その旅を記した著『ウーマンアローン』が、集英社・開高健ノンフィクション賞を受賞。作家デビュー。

2005年 帆船による航海術を学び、海洋子供キャンプ活動をはじめる。集英社ウエブマガジンS-womanネットにて連載をスタート。

2006年 アラスカ・西デナリの原野(ミンチュミナ)にて、犬橇をしながら極寒アラスカを40匹の橇犬たちと越冬。夏は航海術。

2007年 再び大河ユーコン川を単独カヌーで下り、『ウーマンアローン』で約束した自作絵本を届ける。その後、捕鯨エスキモーの村に滞在取材。

2008年 伝統捕鯨エスキモーの村ティキヤックに滞在取材。村人たちと共に捕鯨に参加し、鯨の感謝祭を手伝う。

2009年 地中海を巡る帆船の乗務員をしながらヨーロッパ取材。破綻寸前のギリシャを廻る。内戦の傷跡が残る旧ユーゴスラビアの国々を訪ねる。

2010年 集英社より『私の名はナルヴァルック』を出版。中国&台湾の少数民族の暮らしを取材。

2011年 ナショナルジオグラフィック日本版WEBにて、週刊連載『今日も牧場にすったもんだの風が吹く』スタート。野生動物写真家の星野道夫氏のアラスカの母と呼ばれるおっかさんの介護をし看取り、その後、北極圏プルドーベイを取材。アフリカ・ケニアの貧しい村の子供たち、孤児院の子供たちを訪ね支援活動をし、折り紙を教える。アラブ首長国連邦ドバイ、アブダビにてイスラム教を取材。

2012年 ナショナルジオグラフィック・日本版WEB週刊連載『今日も牧場にすったもんだの風が吹く』を継続。キューバ革命新事実取材のためキューバ滞在。ヴァイキングの歴史取材のためデンマーク滞在。

2013年 ナショナルジオグラフィック・日本版WEB『アイスブルーの瞳』連載スタート。アメリカンコッカ―スパニエル(ルカ)を相棒に、北米西海岸を帆船にて旅取材。カヤックにて氷河沿岸を行く。

2014年 ナショナルジオグラフィック・日本版WEB『アイスブルーの瞳』連載継続再び帆船にて北米西海岸を北上し、東南アラスカ沿岸を旅取材。カヤックにて氷河沿岸を探検。

2015年 ナショナルジオグラフィック・日本版WEB『北米フィヨルド航海記』連載スタート。極寒アラスカにてオーロラ取材&撮影。地球物理学者・赤祖父俊一先生を取材執筆。シアトル取材滞在。ケニア子供支援活動準備をはじめる。

2016年 地球物理学者・赤祖父俊一先生を題材とした著『ビッグショット・オーロラ』が、小学館ノンフィクション大賞最終選考に選ばれる。

2017年 アリゾナ州フェニックス取材滞在。米国児童保護施設のアートセラピーとして折り紙授業を受け持つ。小学館より『ビッグショット・オーロラ』出版ロス取材滞在。

2018年 『ビッグショット・オーロラ』が第7回梅棹忠夫・山と探険文学賞最終候補に選ばれる。

現在も精力的に世界各国を取材。人々の声に耳を傾け、共に喜び悲しみ、そこから学んだことを、多くの人たちと分かち合うために執筆中。





1999年それまで普通の人生を送って
いた私は、新しい21世紀の訪れを前に、
カナダに渡り、農業を学ぶ。動物達の生と死に直面することとなる。➡


2001年牧場の若馬を連れて、バンク
ーバー競馬場にて、厩務員として働く。






カナダの田舎道で、北米高速バス、グレイハウンドバスに後ろから追突され、救急車で運ばれる。その後病院前にて、救急車から下ろされる際、救急隊員が私の乗る担架を落とし、頭部強打という二次災害に見舞われる。その後、養生のため帰国。

アメリカ同時多発テロ、911により、カナダを一旦離れ、ニュージ―ランドへ。










2頭の子馬の世話を任され、人に慣れさるためのスクーリングをする。しかし、突然の悪夢。突走激突事故が起こり、子馬は、安楽死させなければならないほど重症を負そして、自らの腕のなかで、子馬の死届ける。つらい出来事でした。




2003年、カナダの牧場に戻り、その後、感銘を受けた本の主人公フランク安田の歴史を追って、ユーコン川へ。1500キロの行程を一人、カヌーを漕ぐ。





2004年夏風に翻弄されるカヌーでの苦い経験から、『風』に興味を持ち、カナダにて、帆張り船の操船の勉強をはじめる。




2006年、初春 山を三つ越えて、歩いて
7時間かかるアラスカの山奥の露天風呂を
目指していると、極寒の森の中で、骨折し
て倒れている男性を発見。自分の荷物をそ
の場に置いて、救助のため、友人三人と、
骨折者をソリに乗せて、引っ張りながら山を登ることに。マイナス30度のアラスカの冬の森のなかの救助劇は、後にアラスカに掲載されました。




アラスカの仙人、オリバー爺さんと出会い、さまざまなアラスカの知恵と技術を教わる。彼はイタリア上空での空中戦で撃墜されるが、生き残り、その後、終戦を向かえ、森の中で生きる。老いて弱々しい彼の、手足となりながら、近くのキャビンで暮らす。





ユーコン川流域の村、フォートユーコンの
家、ヴェルマ・ウォーレスと出会い、共にアスカの現状と未来を話し合い。親交を深める。






2008年再び捕鯨村を訪れ、捕鯨民た
ちと共に暮らす。村人たちと共にクジラが
獲れることを祈り、クジラの解体を手伝、共に食し、そして、感謝の踊りを踊る。




以後、カウボーイ夫妻から、ウエスタン式の
馬の乗り方を習う。羊や牛追いのため。




馬と一緒に小さな馬房で暮らし。馬と寝
を共にする。







2002年ニュージランド、競走馬の生産
・育成・調教を一手に手がける調教師一家
の牧場に移動。子供たちと姉妹喧嘩をしな
がら、毎日、馬の世話に明け暮れる。





さらなる、大事件が起き、この年の子馬を緊急入院させることに。乳が飲めない子馬を抱きかかえながら、トラックで搬送。







1500キロを漕ぎ、ビーバー村に到着。土
に眠るフランクさんと乾杯し、無事帰国。







2004年、2005年の夏、子供に、自然
の大切さ、人と人との助け合いの大切さを
教えるシーンシップ教育に賛同し、子供た
ちの航海キャンププロジェクトに、記録カメ
ラマンとして参加協力。以後も続ける。






2006年、マッキンリー山の麓、ミンチュミ
ナにて、犬ぞりを始める。師でありパートナーとなったのは、ユーコンクエストの最年少完走者として名高いトーニャ・シュレットナー。レーではなく、旅としての犬ぞりの楽しさを伝えるために、障害を抱え、処分されるはずだった犬たちと、無理のない犬ぞりの旅をする。






2007年、シアトルよりアラスカに向けて、
島々が点在する沿岸部、インサイドパッセー
ジを抜ける。途中、観光のために作られたも
のではないトーテムポールの保存状態を見る
べく、下船。並びに、氷河の様子をチェック。





北米最北端の捕鯨村、
ランク安田が最初に
たどり着き、
エスキモーたちと共に生きる決
心をした村を
訪ね
る。フランク安田と共に歩き、ビーバー村を建設後、再び故郷へと帰ってい
った家族と過ごし、家族のように親しくなる。





2009年ギリシャ・ショック前のギリシャをヨットにて、クルーをしながら、エーゲ海、マルマラ海、アドレア海の島々を巡る。ヨーロッパ文化とアジアの文化がぶつかる境を取材。その後、クロアチア、内戦の傷跡の残る世界遺産の真ん中に暮らす一家と過ごし、家族のように親くなり、毎晩、自家製ワインを飲みながら語り合う。内戦について考える

自給自足型ファームで、さまざまなことを学
び、おちゃめに、楽しく暮らす。




世話をしている馬たちが勝利を飾る。怪我せず、レーストラックから戻ってくることを、切に願いながらも、悲しい現実にも直面。(馬たちの栄冠はこちら





牧場の馬たちが、次々と勝利を飾り、同世
代のよき友人たちを得て、楽しく暮らす。







退院後のか弱い子馬の世話をし、体力の回復を見届け、カナダの牧場に戻る。








2004年秋ユーコン川の旅の日々を書
き下ろした『ウーマンアローン』集英社が、
開高健ノンフィクション賞を受賞。(左)
作家、大沢在昌さん、桐野夏生さんと壇上
を同じくさせていただき、大変幸せ。











205年秋、車にて二度目のアラスカ北上。
カムループス~バンクーバー~ウィスラーの山越えをして、アラスカへ。キャンプをしながら、途中、熊の出る野外の露天風呂に入り、紅葉の季節をひた走る。






トレイルを開くために、スノーモービルでの山越えに出かけ、スノーモービルが深雪でスック。オオカミのいるアラスカの森のなかで、極寒、マイナス40度の野営、野宿をすることに。無事生還。








https://sites.google.com/a/hirokawamasaki.com/www/NonfictionWriter-HirokawaMasaki/profile/%E4%BA%8C%E5%BA%A6%E7%9B%AE%E3%81%AE%E3%83%A6%E3%83%BC%E3%82%B3%E3%83%B3.JPG?attredirects=0

2007年ビーバー村に絵本を届けるという
約束を果たすため、再び一人、ユーコン川へ。再会と、新たな出会いと人情に、感動しなが無事、ビーバー村へ。その後、パイプラインまで下る。






アメリカ原子力委員会の核実験プロジェクト
により消滅していたかもしれない捕鯨エスキ
モーの村を訪ねる。そこで、多くの出会いをし、家族のように親しくなる。







2010年、少数民族に興味をもち、旅。

残りを近々アップいたします。